あれは忘れもしない、仕事で疲れ果てて帰宅した金曜日の深夜のことでした。家全体が静まり返る中、最後にトイレを済ませてレバーを回した瞬間、いつもとは違う異変に気づきました。通常なら渦を巻いて吸い込まれていくはずの水が、逆にじわじわと水位を上げ、便器の縁ギリギリのところで止まったのです。心臓が跳ね上がるような恐怖を感じながら、私は呆然と立ち尽くすしかありませんでした。いわゆるトイレ排水管つまりの典型的な症状です。焦ってラバーカップを取り出し、必死になって押し引きを繰り返しましたが、水位は一向に下がらず、むしろ状況は悪化していくように見えました。ネットで調べると、便器の奥にある排水路だけでなく、床下の配管そのものが詰まっている可能性があると分かり、素人の手には負えないことを悟りました。深夜二時、私はわらをも掴む思いで二十四時間対応の修理業者に電話をかけました。電話口のオペレーターの声が、極限状態の私には救いの神のように聞こえたのを覚えています。到着を待つ間、一分が一時間のように感じられ、もし水が溢れ出したら階下の人にどう謝ればいいのかといった不安が頭をよぎり続けました。一時間後、大きな工具箱を抱えた作業員の方が到着し、手際よく点検を始めてくれました。彼が排水口にワイヤーを通すと、手応えから「これはかなり奥のトイレ排水管つまりですね」と告げられました。作業は困難を極め、特殊な高圧洗浄機が運び込まれました。深夜の住宅街に響く機械の音を気にしながらも、私はただひたすら水が流れるようになることを祈っていました。ようやく「スッ」という音とともに水が吸い込まれていったとき、私は膝から崩れ落ちるほどの安堵感を覚えました。原因は、長年蓄積された尿石と、数日前に誤って流してしまった検温用の使い捨てカバーだったようです。作業が終わる頃には東の空が白み始めていました。その夜、私が支払った修理代金は決して安いものではありませんでしたが、当たり前のようにトイレが使えるという日常の有り難さを考えれば、それは高い授業料だったのだと思います。この経験以来、私はトイレットペーパーの量に細心の注意を払い、月に一度は配管洗浄剤を使ってメンテナンスを欠かさないようになりました。トイレ排水管つまりは、ある日突然、日常を地獄に変える力を持っています。あの深夜の絶望を二度と味わわないために、私は今、トイレに対して最大限の敬意を払って生活しています。